BAND / SAKURA FUJIWARA

藤原さくら

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バンド紹介About

藤原さくらは、福岡県福岡市出身のシンガーソングライター。1995年12月30日生まれで、所属事務所はアミューズ。複数の奏者が固定の編成を組むバンドではなく、藤原さくら個人の名義で活動しており、ギターの弾き語りを出発点に、バンド編成やアンサンブルをともなう演奏へと表現の幅を広げてきた。ナイロン弦のアコースティック・ギターを長く相棒にしていることと、スモーキーと形容される声質が、音楽面の大きな特徴として繰り返し紹介されている。

音楽との接点は家庭にあった。バンド活動をしていた父からギターを譲り受けたのが10歳のときで、父がポール・マッカートニーの熱心な聴き手だったことから、ビートルズの曲のリフを教わるところからギターを覚えていった。10代の頃には姉が聴いていたYUIの楽曲に憧れ、自分で歌をつくって歌う道を意識するようになる。その後に通ったボーカルスクールでは講師の勧めでノラ・ジョーンズを聴き込み、これがのちにスモーキー、あるいはブルージーと形容される歌い方につながっている。

高校に進んでからオリジナル曲をつくり始め、地元・福岡のカフェやレストランでのライブを重ねて注目を集めた。上京を経て、2015年にSPEEDSTAR RECORDSからミニアルバム『à la carte』でメジャーデビューを果たす。この作品はその後のライブでも繰り返し取り上げられ、キャリアの起点として位置づけられている。

転機になったのが2016年のシングル「Soup」である。同年6月8日にSPEEDSTAR RECORDSから発売された初のシングルで、フジテレビ系ドラマ『ラヴソング』の主題歌に起用された。楽曲は福山雅治が作詞・作曲を手がけている。藤原さくら自身も同作にヒロインの佐野さくら役で出演しており、これがテレビドラマ初出演でもあった。歌とドラマの両方で名前が広く知られるきっかけになった作品である。

2017年には両A面シングル「Someday/春の歌」を発表した。「春の歌」はスピッツの楽曲のカバーで、映画『3月のライオン』後編の主題歌に採用されている。同じ年にはアルバム『PLAY』を発表し、タイアップ曲とオリジナル曲を並べた構成のなかで、弾き語りとバンドサウンドを行き来する作風が示された。

2023年5月17日にはアルバム『AIRPORT』を発売。同年10月には自主レーベル「Tiny Jungle Records」を立ち上げ、新曲「daybreak」の配信リリースからその活動を始めた。レーベルを移して初のアルバムとなったのが、2024年4月3日発売の『wood mood』である。全10曲のトータル・サウンド・プロデュースは、ドラマーの石若駿が手がけた。さらに2026年2月18日には6枚目のアルバム『uku』が発表されている。

影響源として挙げてきたのは、父を通じて触れたビートルズとポール・マッカートニー、10代で憧れたYUI、そしてボーカルスクール時代に聴き込んだノラ・ジョーンズである。ポール・マッカートニーが全パートを自分で演奏したアルバムをつくったことにならい、自分でもすべての楽器を演奏した作品を出したいという目標を語ってきた。ライブでは、スピッツの「春の歌」や、ニーナ・シモンの歌唱で知られる「I Wish I Knew How It Would Feel To Be Free」といった曲も取り上げている。

デビューから10年目の節目を締めくくる公演として、2026年2月23日に東京・日本武道館で「藤原さくら 10th Anniversary 武道館大音楽会」を開催した。キャリア初の武道館公演で、石若駿(ドラム)、マーティ・ホロベック(ベース)、井上銘と閑喜弦介(ギター)、渡辺翔太(キーボード)、松井泉(パーカッション)、ermhoi(コーラス)らが参加し、『à la carte』から『uku』までの楽曲を新旧交えて演奏した。この日はウクレレ、アコースティック・ギター、バンジョーを曲ごとに持ち替えている。野外フェスにも出演を重ねており、FUJI ROCK FESTIVALやFUJI & SUNのステージに立っている。

弾き語りの軸になっているのはマーティンのアコースティック・ギターである。メジャーデビューにあたって自身で選んだナイロン弦のモデル 000C Nylon を、その後も長く使い続けている。スティール弦では1943年製の 00-17 を愛用する。第二次世界大戦中に少数だけつくられたオール・マホガニー・ボディの個体で、戦時中の事情からトラスロッドにエボニーが使われている点が特徴とされ、ヘッドにはオリジナルとみられるクルーソン製のオープンバック・チューナーが残っている。音が柔らかく温かい響きである点を気に入っており、ライブでの登場回数も多い。ライン出力用には、フィッシュマンのアクティブ・ハムバッカーである Rare Earth Humbucking を取り付けている。ビンテージ・ギターを複数所有していることも、楽器媒体で紹介されている。

エレキギターもライブで長く弾いてきた。1966年頃につくられたエピフォンの Olympic Double は、リハーサルスタジオで見つけて試奏したうえで手に入れた1本で、デュアル・ピックアップ仕様の小ぶりなボディと、太すぎず軽すぎない張りのある音色を気に入っている。ギブソンの ES-339 も使用機材として知られる。Y-UPでは、これらに加えて、ウクレレの C1K Uke や LHUC-ASAK-CE、チューナーの Pitchblack mini、DIの J48 と Tube Direct Interface、マイクの e 906、ストラップの BG-31 CANDY FLOWER といった機材を確認できる。アコースティック・ギターとウクレレ、エレキギターを場面ごとに持ち替える演奏スタイルが、そのまま機材の顔ぶれに表れている。

音楽と並行して、俳優としての活動も続けている。『ラヴソング』以降、ドラマ・映画・舞台に出演を重ねてきた。ラジオDJやファッションの分野にも活動が及んでおり、シンガーソングライターの枠にとどまらない仕事の広がりがある。