SAKEROCK
- メンバー
- 1人
- 掲載している機材
- 3点
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SAKEROCK(サケロック)は、2000年に結成された日本のインストゥルメンタル・バンドである。編成は星野源(ギター、マリンバ)、浜野謙太(トロンボーン、スキャット)、伊藤大地(ドラムス、パーカッション)、田中馨(ベース)、野村卓史(キーボード、ピアノ)の5人。インディペンデント・レーベルのカクバリズムに所属し、ボーカルを中心に据えない器楽アンサンブルで作品を重ねた。バンド名は、エキゾチカの作曲家マーティン・デニーの楽曲「Sake Rock」に由来する。2015年2月に解散を発表し、同年6月2日の両国国技館公演をもって15年の活動に区切りをつけた。
結成は2000年で、リーダーの星野源が、同じ高校の先輩・後輩にあたる面々に声をかける形で始まった。歌手を置かず、トロンボーンやマリンバなどの楽器がメロディを受け持つという編成は初期から一貫している。活動の早い段階でキーボードの野村卓史がバンドを離れ、代わってトロンボーンの浜野謙太が正式メンバーとなった。以降は星野源、浜野謙太、伊藤大地、田中馨の4人編成が長く続き、この4人が音源とライブの中心となる。
全国的に流通した最初期のアルバムが、2003年に発表された『YUTA』である。続く『LIFE CYCLE』は2005年にカクバリズムからリリースされ、日常のおかしみをそのまま音にしたような曲調と、コミカルさと叙情が同居するアンサンブルで受け止められた。2000年代半ばには映像作品への楽曲提供も増え、映画『キャッチボール屋』(2006年)や『黄色い涙』(2007年)の音楽を手がけている。歌詞を持たないバンドでありながら、場面や情景を描き出す劇伴的な役割を担えたことは、その後の活動の幅にもつながった。
2枚目のアルバムとして2006年11月8日に発表された『songs of instrumental』は、インスト・バンドという看板を掲げながら、あえて歌の入った曲を収めた作品となった。冒頭の「インストバンドの唄」にはハナレグミがゲスト参加し、「青葉コック」では脱退していた野村卓史がピアノで加わっている。「トロピカル道中」「ラディカル・ホリデー」「スーダラ節」など、オリジナルとカバーが混在する構成で、ゲスト・ミュージシャンを多数迎えた点でも、それまでの作品と性格が異なっている。
2008年のアルバム『ホニャララ』では、再び歌のない編成に戻り、バンドとして初めて全編をインストゥルメンタルで通した。この作品では星野源がマリンバを本格的に導入し、ギターに代わってマリンバがメロディを担う場面が増えた。星野源はこのアルバムの制作にあたってマリンバを手に入れており、トロンボーンだけがメロディを担っていた状態からの変化は、バンド内でも編成が一つ増えたような感覚として受け止められている。2010年にはアルバム『MUDA』を発表し、2014年にはベスト盤『SAKEROCKの季節 BEST 2000-2013』がまとめられた。
編成の変遷としては、野村卓史の早期の離脱と浜野謙太の正式加入に続き、2011年にベースの田中馨が脱退したことが大きな転機となった。以降のSAKEROCKは、星野源(ギター、マリンバ)、浜野謙太(トロンボーン)、伊藤大地(ドラムス)の3人体制で活動している。ベースという土台を欠いた編成でどう鳴らすかという課題は、そのまま後期のサウンドの性格を決める要素になった。
2015年2月28日に解散が発表された。星野源は、メンバーそれぞれが個々の活動の場を確立していく中で、バンドとして向かうべき先が見えにくくなったことを解散の理由として説明している。同年4月8日には、カクバリズムからラスト・アルバム『SAYONARA』が発売された。全10曲からなるこの作品は、当時の3人に加えて田中馨と野村卓史が参加し、歴代メンバー5人がそろって制作された。そして6月2日、東京・両国国技館で解散公演『LAST LIVE “ARIGATO!”』が行われ、活動を終えている。この公演は映像作品『ARIGATO』としてBlu-rayとDVDでリリースされた。
音楽性の面では、ジャズ、フォーク、ラテン音楽、エキゾチカといった要素が指摘される。バンド名の由来がマーティン・デニーであることが示す通り、エキゾチカ的な音色感覚は初期から作品に染み込んでいる。加えて、ソウルやファンク、日本のグループ・サウンズや歌謡曲、ゲーム音楽まで、参照先は特定のジャンルに収まらない。歌詞がない代わりに、曲名や楽器同士の掛け合いがユーモアを担い、脱力した空気と丁寧なアンサンブルが同居する点が、作品を通しての特徴となっている。
楽器編成そのものが、このバンドの音作りの中心にある。星野源はギターとマリンバを持ち替え、木の響きを持つマリンバがメロディ楽器として前に出ることで、ギター中心のバンド・サウンドとは異なる音像が生まれた。浜野謙太のトロンボーンは、リード楽器としてボーカルの位置を引き受けるだけでなく、スキャットも交えて楽曲の表情を作る。伊藤大地はドラムスに加えてパーカッションや口笛も担い、田中馨のベースが在籍時のアンサンブルの低音を支えた。野村卓史のキーボードは、正式なメンバーとしての在籍期間は短いものの、『songs of instrumental』のピアノや『SAYONARA』への参加という形でバンドの音に関わっている。ギターについては、Y-UPに登録されている星野源の機材からGibsonのES-335やFenderのTelecaster Thinlineといったモデルをたどることができる。
メンバーはSAKEROCKと並行して、それぞれ別の活動を持っていた。星野源はソロ名義での音楽活動と俳優業を進め、浜野謙太は在日ファンクを率いた。伊藤大地はサンフジンズや細野晴臣のバンドに参加し、野村卓史はグッドラックヘイワ、田中馨はショピンやHei Tanakaといったプロジェクトで活動している。こうした個々の活動が本格化していったことが、結果的にバンドとしての解散の判断にもつながった。