tokyo pinsalocks
- メンバー
- 2人
- 掲載している機材
- 11点
サポートメンバーを含む場合があります。
tokyo pinsalocksは、2000年に活動を開始した日本のロックバンドで、ボーカルのNaokoとベースのHISAYOを中心とするニューウェイヴ・ガールズバンドである。結成当初は「東京ピンサロックス」という日本語表記を用いており、のちにアルファベット表記のtokyo pinsalocksへ改めた。公式サイトでも「Since 2000」として活動開始年が示されている。
活動初期は4人編成で、ミクスチャーやラウドロックの要素を含むバンドサウンドを軸にしていた。この時期からCDのリリースと全国ツアー、国内フェスティバルへの出演を重ねている。音源は2001年のEP『ペディキュア』に始まり、2003年に『STAY HERE』、2004年に『バブルガール』と続いた。初期の作品はHIPSHAKE recordsからリリースされている。2005年には『rhythm channel』、2006年にはライブ映像作品『rhythm channel HOUR』を発表した。
2006年にギタリストが脱退したことが、バンドの方向性を変える転機となった。以降は打ち込みとシンセサイザーを導入し、ニューウェイヴ寄りのサウンドへ移行する。同じ時期に、三浦俊一が主宰するニューウェイヴ系レーベルKIMONOへ参加した。三浦はケラ&ザ・シンセサイザーズのメンバーでもあり、tokyo pinsalocksの制作にはプロデューサーとして関わっている。
レーベル移行後は、2007年『プルトニウムEP』、2008年『リタ・プラネット』、2009年『Travelling Spoon』、2010年『くるくるとぐるぐる』、2011年『ルラ・ハレルヤ E.P.』と、ほぼ年に1作のペースで作品を発表した。2012年には通算6作目のアルバムにあたる『ハレルヤガールズ』、2013年には『センチメンタルメタルチェア』をリリースしている。その後、2019年にミニアルバム『Switch 00』を発表した。
編成面では、2012年にドラマーのReikoが体調上の理由で活動から離れ、以降はNaokoとHISAYOの2人体制となった。2人体制になってからは、外部のミュージシャンを迎える編成と、打ち込みを用いた少人数編成「petit set」を使い分ける形をとっている。さらにNaokoの産休を挟み、2014年に活動を再開した。復帰後は、その時々の状況に合わせて編成や上演の形を変えられる進め方をとっている。
音楽性は、活動初期のラウドなバンドサウンドから、シンセサイザーと打ち込みを軸にしたニューウェイヴ/ポップ寄りの方向へと変化してきた。Naokoはボーカルに加えてキーボードも手がけ、HISAYOのベースがアンサンブルの土台を担う。ファッションやカルチャーの要素を取り込んだ表現も、2006年以降の作品を特徴づけている。『ハレルヤガールズ』では、自分自身を偽らないこと、人が誰かに認められたいと思うことといったテーマが、作品全体を通して扱われた。
ライブ活動では、国内のツアーやフェス出演と並行して、2000年代後半以降はヨーロッパを中心とした海外ツアーを定期的に行ってきた。海外公演では、楽曲に合わせた振り付けを取り入れた構成でステージを組み立てている。2015年には、結成15周年を記念する長編インタビューを公式サイト上で公開した。
サウンドを支える機材という面では、2006年以降に導入した打ち込み機材とシンセサイザーがバンドの中核を占めている。2人体制で用いる「petit set」も、ドラムマシンを使うことを前提に組み立てられた形態である。Y-UPでは、Naokoの使用機材としてRolandのHandSonic HPD-10が登録されており、電子パーカッションを含む機材構成の一端を確認できる。
メンバーはバンド外でも活動している。HISAYOはGHEEEとa flood of circleに参加しており、Reikoはケラ&ザ・シンセサイザーズのメンバーとしても活動した。Naokoは音楽活動と並行してアパレルブランドを手がけている。これらはいずれもtokyo pinsalocks本体とは切り離された、メンバー個々の別活動である。