山下達郎
- メンバー
- 3人
- 掲載している機材
- 39点
サポートメンバーを含む場合があります。
山下達郎(やましたたつろう)は、ポップスとソウルを軸に活動する日本のシンガー・ソングライターで、Y-UPではそのステージを支えるバンドとして扱っている。2023年に行われた「山下達郎 PERFORMANCE 2023」の編成は、山下達郎(ボーカル、ギター)、鳥山雄司(ギター)、伊藤広規(ベース)、小笠原拓海(ドラムス)、難波弘之(アコースティック・ピアノ、ローズ)、柴田俊文(キーボード)、宮里陽太(サックス)に、ハルナ、ENA、三谷泰弘のバック・ボーカルを加えた総勢10人だった。この顔ぶれは2025年のツアーでも組まれている。
音楽活動の出発点は1972年、アマチュア・バンドで制作した自主制作アルバム『ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY』にさかのぼる。1973年には大貫妙子らとシュガー・ベイブを結成し、同じ時期に知り合った大瀧詠一の縁で、はっぴいえんどの解散ライブにバック・コーラスとして参加した。1975年、大瀧詠一が設立したナイアガラ・レーベルからアルバム『SONGS』とシングル「DOWN TOWN」でデビュー。シュガー・ベイブは1976年4月に解散し、同年、山下達郎はアルバム『CIRCUS TOWN』でソロ・デビューを果たす。1977年に2作目『SPACY』、1978年にライブ・アルバム『IT'S A POPPIN' TIME』と3作目『GO AHEAD!』を発表。1979年には「ボンバー」が関西のディスコ・シーンを中心にヒットし、同年の4作目『MOONGLOW』が日本レコード大賞ベスト・アルバム賞を受賞した。
転機となったのは1980年のシングル「RIDE ON TIME」で、日立マクセルのUDカセットテープのCMソングとして書かれた曲だった。同名アルバム『RIDE ON TIME』は1980年10月6日にオリコンのアルバム・チャートで1位を記録している。同じ年には、自身の声だけを多重録音で重ねた一人ア・カペラ・アルバム『ON THE STREET CORNER』も発表した。1982年の『FOR YOU』を経てMOONレーベルへ移籍し、移籍第1弾となった1983年の『MELODIES』に「クリスマス・イブ」が収められた。
「クリスマス・イブ」は1988年にJR東海のCMソングへ起用されたことで広く知られるようになり、1989年、発売から6年を経てオリコン1位を獲得した。2016年には30年連続でシングル・チャートのTOP100入りを果たしたとしてギネス世界記録に認定されている。その前後の作品としては、1986年の『POCKET MUSIC』と『ON THE STREET CORNER 2』、「GET BACK IN LOVE」のヒットを受けた1988年の『僕の中の少年』、日本レコード大賞ベスト・アルバム賞を2度目に受けた1991年の『ARTISAN』、1993年のクリスマス・アルバム『SEASON'S GREETINGS』が挙げられる。1995年の『TREASURES』と1998年の『COZY』はいずれもミリオン・セラーとなった。
オリジナル・アルバムの間隔は2000年代以降さらに開き、2005年に『SONORITE』、2011年に『Ray Of Hope』を発表。2022年6月22日には11年ぶり、通算14作目のオリジナル・アルバム『SOFTLY』がリリースされ、発売週のオリコン週間アルバムランキングで1位を獲得した。
レコーディングとライブを担う奏者は時期ごとに入れ替わってきた。ドラムでは、1976年の『CIRCUS TOWN』にニューヨークのセッション・ドラマー、アラン・シュワルツバーグが参加し、1977年の『SPACY』から1979年の『MOONGLOW』までは村上"ポンタ"秀一と上原"ユカリ"裕が中心を担った。1982年の『FOR YOU』では「MUSIC BOOK」に渡嘉敷祐一が起用され、1980年の『RIDE ON TIME』以降は青山純が80年代から90年代のほぼすべてのレコーディングに関わっている。ベースの伊藤広規は1979年に山下達郎と出会って以降、ほとんどのレコーディングとライブ活動に携わってきた。小笠原拓海は2008年、24歳でツアー・メンバーに抜擢されている。
ライブは、1998年に6年ぶりの全国ツアー「Performance 1998-1999」が組まれ、2008年にも6年ぶりとなる「Performance 2008-2009」を開催。これ以降はツアーが毎年のように行われるようになった。2023年の「山下達郎 PERFORMANCE 2023」は、夏から秋にかけて全国18都市39公演というホール規模のツアーだった。
サウンド面では、多重録音による一人ア・カペラのシリーズが特徴のひとつで、『ON THE STREET CORNER』は1980年、1986年、1999年と3作が作られている。ステージではギター、ベース、ドラムに2台のキーボード、サックス、3人のバック・ボーカルという厚い編成が組まれ、山下達郎自身はボーカルを取りながらギターのカッティングを弾く。
機材面を見ると、山下達郎のメイン・ギターは通称「ブラウン」と呼ばれるFenderのTelecasterで、サブにFenderのCustom Shop Telecaster、エレクトリック・アコースティックとしてGibsonのChet Atkins SSTを併用する。アンプはSHINOSのLuck 6Vで、ツアーで使われる山下達郎モデルはトレモロとリバーブを増設した仕様として製作された。ギター・テクニシャンの篠原勝が手がけたメンテナンスでは、指板を削ってFREEDOM CUSTOM GUITAR RESEARCHのステンレス・フレット「SPEEDY」に打ち換えており、ピックはFenderの白いミディアム・トライアングル、ボディにはSCUDのフェイスガードFG-SQが貼られている。Y-UPではこれらに加え、Custom Audio JapanのMultiple Line Selector MLS-2、Free The ToneのPT-3D、KAMINARI GUITARSのCurl Cable、Fenderの Triangle Pickといった周辺機材の登録も確認できる。
伊藤広規が山下達郎の現場で弾いているのは1967年製のFenderのJazz Bassで、アンプは1974年製のJTM-1992、すなわちMarshallのSuper Bassを3段積みで鳴らす。FenderのRumble 500 Headも使用機材に挙げており、エフェクターは使わないことを明言している。シグネチャー・モデルとしてKazu Guitar VillageのJB-KokiCustomがあり、アルダー2ピースのボディにハードメイプル・ネック、ホンジュラス・ローズウッド指板、864mmスケールという仕様で、弦はD'Addarioを張る。山下達郎以外の仕事では、Seymour Duncanのベースや、SeilenのMobile Mini Bass、Ukulele Bassを使い分けている。Y-UPの登録にはD'AddarioのXL Nickel Wound、Tech 21のSansAmp GT2、EdenのWTDI、Avalon DesignのU5、BOSSのCE-3 Chorusなども並ぶ。
小笠原拓海が「山下達郎 PERFORMANCE 2019」で使ったセットは、PearlのMasterworksを核に、22インチ×18インチのバス・ドラム、10・12・13インチのタム、16インチのフロア・タムという構成だった。メイン・スネアはGretschのBroadkaster(14インチ×5インチ)で、サブにPearlのCustom Classicを置く。シンバルはSABIAN、Zildjian、Paisteの組み合わせで、ライドにSABIANのHH Medium Ride(20インチ)、チャイナに18インチのSABIAN HH Chinese、ハイハットにZildjianのA New Beat(14インチ)、クラッシュにPaisteのSignature Full Crashと2002を並べていた。フット・ペダルはPearlのDemon Chain、ハイハット・スタンドはDWの9500。Y-UPではさらに、LudwigのSupraphonic LM402やPearlのSensitone、Free Floatingといったスネア、SABIANのHHXシリーズ、RolandのSPD-SXなども登録されている。
メンバーの別活動としては、伊藤広規が1977年にマジカルシティでプロデビューし、1990年に青山純とのリズム・ユニット「A・I」を結成、2008年には自身のレーベル「BASS&SONGS」を立ち上げている。山下達郎個人の活動では、1982年に竹内まりやと結婚し、1984年には竹内まりやのアルバム『VARIETY』を手がけ、同作はオリコン1位を獲得した。ラジオでは1992年の放送開始以来、「山下達郎のサンデー・ソングブック」のパーソナリティを務めている。