BAND / 54 71

54-71

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1人
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8点
メンバーMembers 1人

サポートメンバーを含む場合があります。

バンド紹介About

54-71は、1995年に結成された日本のオルタナティブ・ロックバンドである。ボーカルの佐藤慎吾、ベースでバンドのリーダーを務める川口賢太郎、ドラムのBOBO(堀川裕之)を軸に、ギタリストを加えた4人編成で活動した。歌詞の多くは英語で書かれ、ロックを土台にヒップホップやジャズの手法を取り込んだ演奏と、極端に音数を絞った構成を特徴とする。

結成の場は慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスで、川口賢太郎、佐藤慎吾、石橋の3人が最初のメンバーだった。当初は川口がドラムを担当していたが、ベースを弾いていたメンバーが抜けたことをきっかけに川口自身がベースへ移り、空いたドラムの席には1997年に堀川裕之(BOBO)が加入した。ギターには高田憲明が加わり、この4人が初期の54-71の音像を作っている。バンドはヘヴィなロックに加えて、キャプテン・ビーフハートやアルバート・アイラーといったフリージャズ寄りの音楽からの影響を挙げており、そうした無秩序に散らばる音の断片をどう整理するかという関心が、サンプリングの発想と結び付いてヒップホップ的な構築へ接近していった。英語詞とラップ的な発声、ロック・バンドの編成という組み合わせは、この過程で固まったものである。

音源としては1997年にバンド名をそのまま冠したアルバム『54-71』を発表し、以降もセルフタイトルの作品や『Untitled』を重ね、2001年には『reprise』を送り出した。この時期の54-71は、NUMBER GIRLの向井秀徳が共演したいアーティストとして名前を挙げるなど、同時代のオルタナティブ・シーンの内側で強い関心を集めていた。2002年にはBMG系のメジャー・レーベルからアルバム『enClorox』を発表し、メジャー流通での活動に移っている。

2003年には『true men of non-doing』、2004年には代表曲をまとめたベスト盤『ALL SONGS COMPOSED&PERFORMED BY 54-71』をリリースした。その後、バンドは約5年にわたって新作から遠ざかる。リーダーの川口賢太郎は、この空白の期間に解散に近い状態まで行き着いたこと、メジャー契約に伴う枠組みに息苦しさを感じていたこと、そして5年を経て音楽は結局のところ人間が作るものだと捉え直したことを、復帰作のインタビューで説明している。この認識の変化によって、それまで川口の絶対的な主導で進んでいた制作が、4人が対等に関わる形へと組み替えられた。

復帰作となったのが2008年のアルバム『I'm not fine, thank you. And you?』である。録音はシカゴのElectrical Audioで、ニルヴァーナやピクシーズの作品を手掛け、自身もShellacで活動するスティーヴ・アルビニが担当した。バンドの音をそのまま記録するアルビニの手法と、音数を削る54-71の志向が重なり、装飾を排したドキュメント的な質感の作品となっている。タイトルには、5年のあいだに勧められて観たライブのどれにも手応えを感じられず、それならば自分たちで作るという、当時の日本の音楽シーンに対する姿勢が反映されている。この作品は、バンド自身が関わるレーベルcontraredeからリリースされた。

2009年6月17日には、アメリカのラッパーKool Keithとの共作アルバム『Idea of a Master Piece』をKool Keith & 54-71名義でcontraredeから発表した。54-71側がKool Keithに直接連絡を取り、承諾を得たうえで渡米して制作された10曲入りの作品で、ポストパンクやエレクトロ的な質感を持つ演奏とKool Keithの抽象的なラップが組み合わされている。この作品を最後に、54-71は2009年をもって実質的に活動を停止した。

編成の変遷を追うと、結成メンバーの石橋が1996年初頭に脱退し、代わって岩端がベースとして加わったのち1997年に脱退、同年に堀川裕之(BOBO)がドラムで加入して基本形が整った。ギターの高田憲明はベスト盤を出した2004年にバンドを離れ、2007年からは高田拓哉がギターとして参加している。アルビニ録音のアルバムとKool Keithとの共作は、この後期の編成で作られた。

音作りの面で54-71を特徴づけるのは、ドラムの発想である。BOBOはハイハット、バスドラム、スネアという3点のみに絞ったセットを用い、そこからグルーヴを組み立てるスタイルで知られる。54-71では一つひとつの音に意味を持たせることが徹底され、サビの前などで全員が同時に演奏を止めるブレイクが、音を足すのではなく引くことで生まれる表現として機能していた。川口賢太郎がBOBOに求めたのも、言葉ではなく音で語るという考え方であり、BOBOにとって、この経験はそれまでの演奏観が根本から変わる契機になった。ノイズやギターの密度を減らし、鳴っていない時間を聴かせることに関心を置く姿勢は、後期の作品ほど明確になっている。

Y-UPには、BOBOの使用機材としてDW / Collector's Series Maple、DW / Collector's Series Maple Snare、Ludwig / Black Beauty、Paiste / Signature Combo Crisp Hi-Hat、DW / 5000TD4、Lerni / S-139BO、LP / Compact Congaといったドラム関連の登録がある。3点セットを軸にするプレイヤーであるだけに、スネアやハイハット、ペダルといった一点ごとの選択が音の輪郭を大きく左右する編成であることが、登録内容からも読み取れる。

メンバーの別活動として、BOBOは54-71の活動停止後、フリーランスのドラマーとして幅広いレコーディングとライブに参加している。MIYAVI、TK from 凛として時雨、くるり、フジファブリック、Vaundy、世武裕子といったアーティストのサポートがその例で、くるりでの岸田繁との仕事については、曲ごとに表情を作り分けることを求められ、54-71で培った縦のビートを重視する意識から再び音楽観が変わったと語られている。また、バンドが後期の作品を発表したレーベルcontraredeは、佐藤慎吾が中心となって立ち上げたもので、2008年以降の54-71の作品はここからリリースされた。